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キイロショウジョウバエによる嗅覚信号を用いた柔軟な情報伝達の可能性 修士課程1年 安藤 優樹

2017/11/27 23:28 に Yuki Ando が投稿   [ 2017/12/04 20:53 に更新しました ]
 昆虫において、嗅覚刺激を伴う化学的なコミュニケーションは様々な行動の制御要因となる。前回のセミナーでは、昆虫の精子・精漿をめぐるオスとメスの交尾戦略について紹介したが、その中でメスが自身の空腹状態によってクチクラ炭化水素の組成を変化させること、オスがメスの状態を吟味して精液の組成を変化させることを説明し、昆虫の雌雄間で行われる化学的なコミュニケーションは、オスからのメスに対する性選択の原因となっている可能性について言及した。そこで今回のセミナーでは、昆虫、特にキイロショウジョウバエDrosophila melanogasterにおいて、嗅覚信号は単に交尾行動を促進するだけではなく、多様な行動を解発することを実証した研究例を紹介する。

 昆虫の嗅覚神経は、記憶を司るキノコ体に投射していることが明らかになっている[1]。ゆえに、嗅覚刺激と行動の関係については、ある経験を嗅覚刺激と結び付けて短期的に学習し、それ以後の行動を変化させる「連合学習」がよく知られている。例えば江島らは、キイロショウジョウバエのオスにメスの匂いと交尾が失敗した経験を連合学習させた。その結果、学習したオスは、それ以後同じ匂いを受容した際に求愛活性を低下させ、さらにその記憶が短時間維持されることを見出した[2]。

 これに対して、キイロショウジョウバエの交尾に関連した行動が嗅覚刺激そのものによって惹起される例も知られている。最も一般的なのは性フェロモンによる特定の行動の惹起であるが、近年では嗅覚信号が経験・記憶とは無関係に交尾行動を制御する例や、求愛行動そのものではなくそれに関連した別の行動をとらせる例も確認されている。例えば江島らは、キイロショウジョウバエのオスの求愛活性の低下が、他のオス個体の性フェロモンによって学習とは関係なく引き起こされることを明らかにした[3]。また、山元らは、キイロショウジョウバエのオスは嗅覚の情報を利用して求愛行動中は常にメスの後方にポジショニングし、自身の運動量を変化させていることを明らかにした[4]。さらにThomasらは、キイロショウジョウバエのドーパミン生合成経路を阻害することでメスの性フェロモンの量や組成が変化し、それがオスの求愛行動に影響を与えることを確認した[5]。

 しかしながら、これらの例ではオスの性フェロモンとしてcVA (cis-vaccenyl acetate) [3]、メスの性フェロモンとして7, 11-ジエン化合物[5]に注目しているのみで、これらが含まれている体表ワックスの他の成分については言及されていない。そこでYewら、Everaertsらは、体表ワックスに含まれる成分を詳細に分析した。その結果、体表ワックスには新たに17の炭化水素を含む数十種類の成分が含まれること、またそれらの組成が日齢や交尾経験によって経時的に変化することが明らかとなった[6][7]。

 これらの結果は、キイロショウジョウバエがクチクラ炭化水素に含まれる揮発性化合物の組成を変化させることで、複雑かつ多様な情報のやり取りを行っている可能性を示唆している。先に述べたように嗅覚受容と行動の惹起がほぼ同時に起こることも併せて考えると、キイロショウジョウバエは匂い物質とそれに惹起される行動によって、状況に応じて相手に伝達する情報を柔軟に変化させながら行う会話にも似たコミュニケーションの方法を体得しているのかもしれない。今後、そのような嗅覚的コミュニケーションを視野に入れることが、昆虫の交尾行動を考える上での重要な鍵となるだろう。

[1] T. Zars, “Behavioral functions of the insect mushroom bodies,” Curr. Opin. Neurobiol., vol. 10, no. 6, pp. 790–795, 2000.
[2] A. Ejima, “Sequential Learning of Pheromonal Cues Modulates Memory Consolidation in Trainer-Specific Associative Courtship Conditioning,” Curr. Biol., vol. 15, no. 1, pp. 194–206, 2005.
[3] A. Ejima et al., “Generalization of Courtship Learning in Drosophila Is Mediated by cis-Vaccenyl Acetate,” Curr. Biol., vol. 17, no. 7, pp. 599–605, 2007.
[4] K. Kimura, C. Sato, K. Yamamoto, and D. Yamamoto, “From the back or front: The courtship position is a matter of smell and sight in Drosophila melanogaster males,” J. Neurogenet., vol. 29, no. 1, pp. 18–22, 2015.
[5] C. Wicker-Thomas and M. Hamann, “Interaction of dopamine, female pheromones, locomotion and sex behavior in Drosophila melanogaster,” J. Insect Physiol., vol. 54, no. 10–11, pp. 1423–1431, 2008.
[6] J. Y. Yew, K. Dreisewerd, H. Luftmann, J. Müthing, G. Pohlentz, and E. A. Kravitz, “A New Male Sex Pheromone and Novel Cuticular Cues for Chemical Communication in Drosophila,” Curr. Biol., vol. 19, no. 15, pp. 1245–1254, 2009.
[7] C. Everaerts, J. P. Farine, M. Cobb, and J. F. Ferveur, “Drosophila cuticular hydrocarbons revisited: Mating status alters cuticular profiles,” PLoS One, vol. 5, no. 3, pp. 1–12, 2010.

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