Home‎ > ‎研究内容‎ > ‎大学院セミナー‎ > ‎

昆虫のCTmax測定における問題点 修士課程1年 等百合佳

2015/05/22 1:53 に Yurika Hitoshi が投稿   [ 2015/05/22 1:54 に更新しました ]

 昆虫などの変温動物は気温の変化の影響を受けやすく、ある環境において高温下で活動可能であるかどうかはその環境への適応度に大きく影響する要素である(1)。近年は地球温暖化の進行とともに年最高気温が上昇しており、気候変動が昆虫に与える影響を考察する上でその昆虫の生存上限温度を調べることは重要である。

 昆虫の生存上限温度を調べる際に頻繁に使われるのがdynamic methodと呼ばれる、温度を平常状態から徐々に上昇させ、行動不能となる温度CTmax(critical thermal maximum)を調べる手法である。先ほど述べたようにdynamic methodを利用してCTmaxを調べることは重要でありなおかつ昆虫全般において行われているが、その測定方法は統一されていない。測定方法の差異はCTmaxの推定結果、更にはそこから導かれる結論を左右する可能性がある。

 例えば、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)においてはCTmax39.1°C(2)40-40.5°C(3)38.9°C(4)のように同じ種であっても研究によって差が出ている。(2, 3)(4)は温度上昇の勾配が異なっており、(2)(3)は実験体が行動不能であると判断する基準が異なっていたためにCTmaxの値に違いが生じたと考えられる。

 温度上昇の勾配については、Terblanche et al.がツェツェバエ(Glossiana pallidipis)を用いた実験で詳しく検討している(5)

 G. pallidipesにおいて0.06, 0.12, 0.25°C/minでそれぞれCTmaxを測ったところ、温度上昇の勾配が大きいほどCTmaxは高い値を示し、0.06°C/min0.25°C/minのときの差は3°C以上もあった。なお、この実験では野外の温度変化に一番近い0.06°C/minのときのCTmaxが実際の野外での高温による致死温度(6)とほぼ一致した。実験体の由来する環境の温度変化を考慮せずに実験を行うことは、野外でのCTmaxとかけ離れた値を得てしまう危険があることが分かった。

 行動不能と判断する基準については、過去の研究例では“温度ごとに実験体の入ったビンを振って動くかどうか確かめる”“実験体が乗せている台から落下したら”“痙攣をし始めたら”などとさまざまな基準が用いられてきた。また、論文によっては“ノックダウンされた温度を記録した”と書かれているだけのものもあり、行動不能と判断する基準は軽視されてきたことがうかがえる。しかし、目測での判断は観測者ごとに異なる可能性があり、また実験体に衝撃を加えることは実験結果を左右する可能性があるので好ましくない。

 そこで近年、CO2量の測定により呼吸の有無を判断する手法が提案されている(7)。これは実験容器内の空気を循環させ、排出されたCO2濃度を測定することで呼吸の停止した時点を求める方法であり、機械的な判断が可能である。シュウカクアリ(Pogonomyrmex rugosus, P. californicus)を用いて実験を行ったところ、同時に赤外線反射を利用して測定したアリの動きの停止点と呼吸の停止点が一致することが判明した。何をもって行動不能とするのが最適であるかは考察が必要だが、実験者によって判断が変動しないという点において呼吸量の測定は画期的であるといえる。

 近年では、地球温暖化による気候変動が昆虫に与える影響を評価する目的で、dynamic methodを用いたCTmaxの推定、および他研究との結果の比較が頻繁に行われている。しかし、本セミナーで見てきたように、dynamic methodによるCTmaxの推定においては測定方法の違いによって異なる結果が得られる。したがって、他種生物間で単純にCTmaxの値のみに注目して比較することは誤った結論を導く恐れがある。目的に合ったCTmaxを得るためには、野外の環境に合わせたパラメータの設定や、実験者によらず同じ結果が得られる測定手法の採用が必要なのである。

 引用文献

1.         Hoffmann AA (2010) Physiological climatic limits in Drosophila: patterns and implications. Journal of Experimental Biology 213(6):870-880.

2.         Kellermann V, et al. (2012) Upper thermal limits of Drosophila are linked to species distributions and strongly constrained phylogenetically. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 109(40):16228-16233.

3.         Colinet H, Overgaard J, Com E, & Sorensen JG (2013) Proteomic profiling of thermal acclimation in Drosophila melanogaster. Insect Biochemistry and Molecular Biology 43(4):352-365.

4.         Crill WD, Huey RB, & Gilchrist GW (1996) Within- and between-generation effects of temperature on the morphology and physiology of Drosophila melanogaster. Evolution 50(3):1205-1218.

5.         Terblanche JS, Deere JA, Clusella-Trullas S, Janion C, & Chown SL (2007) Critical thermal limits depend on methodological context. Proceedings of the Royal Society B-Biological Sciences 274(1628):2935-2942.

6.         Hargrove JW (2004) Tsetse population dynamics. The trypanomiases, eds Maudlin I, Holmes PH Miles M A(C a B Intl, UK), pp 113-137.

7.         Lighton JRB & Turner RJ (2004) Thermolimit respirometry: an objective assessment of critical thermal maxima in two sympatric desert harvester ants, Pogonomyrmex rugosus and P-californicus. Journal of Experimental Biology 207(11):1903-1913.

Comments