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セリン生合成に関わる遺伝子astrayの生物学的な機能 博士2年 工藤 愛弓

2016/11/30 17:56 に Ayumi Kudo が投稿
 アミノ酸の一種であるセリンは、酵素の機能に重要な役割を果たす物質である。L-セリンはタンパク質およびリン酸の合成にとって必要不可欠な物質であり、D-セリンはグルタミン酸とともにNMDA型受容体のアゴニストとして機能する。セリンは、解糖系の中間体である3-phophoglycerateから3ステップを経て合成されるが、それらの中で、最終的な反応を触媒する酵素3-phosphoserine phosphatase(PSPase)をコードする遺伝子がastrayaay)である。aayはこれまでに、キイロショウジョウバエDrosophila melanogasterを用いた研究において、いくつかの性質や行動を変化させる遺伝子候補の一つとして同定されてきた。本セミナーでは、ショウジョウバエにおいてaayと関連すると報告のある表現型について紹介する。

aayはキイロショウジョウバエにおいて、まず胚期の末梢神経における軸索の伸長経路の異常をもたらす原因因子として同定され(1)、その後、全長cDNAのクローニング、タンパク質の構造決定がなされた(2)。Prokopenko et al.は、セリン生合成に関わる遺伝子が軸索誘導に影響を与える理由として、セリンがタンパク質の構成成分であるだけでなくリン脂質や糖脂質の前駆体でもあるため、AAY(PSPase)が失われると、細胞膜の発生異常が起こり軸索誘導に必要な細胞膜を介したシグナル伝達がうまくいかなくなる可能性を挙げている(2)。さて、aayと連動していることが示唆されているD. melanogasterの表現型としては、これまでに①求愛歌、②エタノールに対する応答性、③睡眠が知られている。一つ目の求愛歌については、aay発現神経の一部の機能が阻害されることにより、オスの求愛歌に変化が起こることが分かっている(3)。オスの求愛歌はsine songとpulse songから成り立っているが、aay発現神経の機能が阻害された変異体では求愛歌のフレーズの区切りが曖昧になり、ノイズともいえるようなものになってしまう。続いて、二つ目のエタノールに対する応答性については、大気中に高濃度でエタノールが揮発している環境に置かれた個体で、aayの発現量が上昇することが分かっている(4, 5, 6)。三つ目の睡眠については、野生型よりも睡眠不足に対して敏感なcycle01変異体を用いた実験により、睡眠不足によるaayの発現量が上昇が認められた(7)。
 既に述べたように、AAYの欠如によって神経細胞のシグナリングに異常が起こる。一方、aayのヒトオーソログを用いた研究では、別の可能性も示唆されている。すなわち、L-セリンは血液脳関門を通過しないため、セリン生合成経路の欠陥が脳脊髄液内のセリンレベルの低下に直接的に寄与するというものである。このような脳脊髄液内のセリンレベルの低下は、ヒトにおいてWilliams syndromeや先天性脳症の患者で見られることが知られている。これまでの研究においてaayは各形質の変化と連動している遺伝子の内の1つに過ぎなかったため、それらの表現型に対してどのように影響及ぼしているのかについては、ほとんど議論されてこなかった。今後は、aayと他の表現型との関連性や、aayによって変化する神経のアウトプット先の違いと形質との関連性についての解析を進めることにより、表現型とaay機能とを結びつける機構についての理解が深まることを期待したい。

【引用文献】
1. Salzberg A, Prokopenko SN, He Y, Tsai P, Pal M, Maroy P, Glover DM, Deak P and Bellen HJ (1997) P-element insertion alleles of essential genes on the third chromosome of Dorosophila melanogaster: mutations affecting embryonic PNS development. Genetics 147: 1723- 1741.

2. Prokopenko SN, He Y, Lu Y and Bellen HJ (2000) Mutationed affecting the development of the peripheral nervous system in Drosophila: a molecular screen for novel proteins. Genetics 156: 1691-1715.

3. Moran CN and Kyriacou CP (2009) Functional neurogenomics of the courtship song of male Drosophila melanogaster. Cortex 45: 18-34.

4. Morozova TV, Anholt RR and Mackay TF (2006) Transcriptional response to alcohol exposure in Drosophila melanogaster. Genome Biol 7: R95.

5. Unizer NL, Yang Z, Edenberg HJ and Davis RL (2007) Drosophila homer is required in a small set of neurons including the ellipsoid body for normal ethanol sensitivity and tolerance. J Neurosci 27: 4541-4551.

6. Kong EC, Allouche L, Chapot PA, Vranizan K, Moore MS, Heberlein U and Wolf FW (2010) Ethanol-regulated genes that contribute to ethanol sensitivity and rapid tolerance in Drosophila. Alchol Clin Exp Res 34: 302-316.

7. Thimgan MS, Seugnet L, Turk J and Shaw PJ (2015) Identification of genes associated with resilience/vulnerability to sleep deprivation and starvation in Drosophila. Sleep 38: 801-814.
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