Home‎ > ‎研究内容‎ > ‎大学院セミナー‎ > ‎

遺伝学的手法によるインスリンシグナリングの制御がキイロショウジョウバエの交尾行動に及ぼす影響 修士課程2年 安藤 優樹

2018/06/22 0:05 に Yuki Ando が投稿   [ 2018/06/25 1:25 に更新しました ]

昆虫の交尾行動は様々な要因によって変動する。これまでのセミナーでは、昆虫の交尾行動と絶食状態の関係について行動生態学的な視点から調査した研究例を紹介した。しかし、それらの研究で用いられた実験材料は鱗翅目、半翅目、双翅目、直翅目、昆虫以外ではクモ綱など多様で、食性や成虫の寿命、生息環境といった条件が統一されておらず、絶食の効果を定量的に比較することができなかった。そこで今回のセミナーでは、キイロショウジョウバエD. melanogasterのみを用いて飢餓状態と交尾行動の関係について調査した研究例を紹介し、絶食が本種の交尾行動に与える影響について考察する。

キイロショウジョウバエにおける研究では、空腹時の生理状態を再現するため、インスリン受容体(InR)やインスリン様ペプチド(dilp)をノックアウトし、インスリンシグナリングやそれに続く神経回路の解発を抑制する方法がよく用いられる。Kuoらは、インスリンシグナリングの有無によってメスの体表炭化水素(CHC)の組成が変化し、シグナリングが陽性の場合にはオスから求愛されやすく(メスの魅力が高く)なることを発見した[1]。またSchultzhausらは、メスのCHCは食事の質によって変化し、高脂肪食を食べたメスでは魅力が低下することと、インスリンシグナリングによってこれが回復することを見出した[2][3]これに対しLebreton, Watanabe, Sakaiらの研究では、InRdilpをノックアウトし、インスリンシグナリングによって活性化する神経と交尾行動の関係に注目した実験を行った。その結果、Watanabe, Sakaiらは特定のdilpの発現[4][5]を、Libretonらは特定の嗅覚神経[6][7]でのインスリンシグナリングを抑制した場合に交尾率が上昇することを見出し、これらのペプチドや神経がメスの交尾行動を制御していると主張した。

これらの研究例を見ると、キイロショウジョウバエの交尾行動の活性がインスリンシグナリングによって制御されており、したがってその個体が飢餓状態かどうかで交尾率に変化が生じていることは間違いないようである。しかし、行動生態学的な視点に立つと、これらの研究例にはいくつか疑問が残る。特に、ノックアウトによってインスリンシグナリングを人為的に抑制したときと、単純に餌を与えずに飼育して飢餓状態に置いたときでは交尾率が全く逆に変化している[6][7]点は注目すべきだろう。つまり、遺伝学的手法による操作では、本種の自然界における飢餓状態を再現できていない、あるいは「できない」可能性が高いということである。

モデル生物であるキイロショウジョウバエを用いた研究においても、技術的な進歩が著しい遺伝学的手法に傾倒せず、古典的ともいえる生態学的な実験を同様に実施していくことは、本種についての理解を深める上で重要といえるのではないだろうか。

 

References

[1]       T. H. Kuo et al., “Insulin signaling mediates sexual attractiveness in Drosophila,” PLoS Genet., vol. 8, no. 4, 2012.

[2]       J. N. Schultzhaus, J. J. Nixon, J. A. Duran, and G. E. Carney, “Diet alters Drosophila melanogaster mate preference and attractiveness,” Anim. Behav., vol. 123, pp. 317–327, 2017.

[3]       J. N. Schultzhaus, C. J. Bennett, H. Iftikhar, J. Y. Yew, J. Mallett, and G. E. Carney, “High fat diet alters Drosophila melanogaster sexual behavior and traits: Decreased attractiveness and changes in pheromone profiles,” Sci. Rep., vol. 8, no. 1, 2018.

[4]       T. Sakai et al., “Insulin-producing cells regulate the sexual receptivity through the painless TRP channel in Drosophila virgin females,” PLoS One, vol. 9, no. 2, pp. 1–13, 2014.

[5]       K. Watanabe and T. Sakai, “Knockout mutations of insulin-like peptide genes enhance sexual receptivity in Drosophila virgin females.,” Genes Genet. Syst., vol. 1, pp. 237–241, 2015.

[6]       S. Lebreton et al., “Feeding regulates sex pheromone attraction and courtship in Drosophila females,” Sci. Rep., vol. 5, p. 13132, 2015.

[7]       S. Lebreton, M. A. Carlsson, and P. Witzgall, “Insulin signaling in the peripheral and central nervous system regulates female sexual receptivity during starvation in Drosophila,” Front. Physiol., vol. 8, no. SEP, 2017.

Comments