昆虫の闘争行動

        闘争は餌や配偶相手の獲得・維持に役立ちます。しかし、それと同時に、闘争にはケガのリスクや体力の消費などのコストが伴います。つまり闘争性が高ければ高いほど適応度を上げられるというわけではないのです。場合によっては(たとえば相手が明らかに自分より強そうなときなど)闘わずに逃げたほうがよいこともありえます。実際、昆虫を含めて多くの動物は状況に応じて闘うか逃げるかの戦術を使い分けていることが知られています。このような行動戦術の切り替えはどのような神経系の働きで実現されているのでしょうか。また、どのような遺伝子によって「ちょうどよい」レベルの闘争性が進化したのでしょうか。このような疑問に応えるため、私たちはテナガショウジョウバエ Drosophila prolongata を用いて研究を行っています。

多くのショウジョウバエは(そもそも多くの昆虫がそうなのですが)メスのほうが大きな体をしています。普通に繁殖するためには、オスの体は小さくてもかまわない、いやむしろ小さいほうが有利なんですね(少しの餌で成虫になれるから)。ところが、オス同士が闘う昆虫では(たとえばカブトムシなど)オスの体のほうが大きくなっています。闘いに勝たないと繁殖に参加できないため、コストをかけているんですね。つまり、どれだけオスのほうが大きいかということから、どれだけ闘争がその種にとって重要であるかを推し量ることができます。さて、テナガショウジョウバエのオスもメスよりずいぶん大きな体をしています。実際、立ち上がって組み合い、まるで相撲のように激しく闘う場面が頻繁に観察できます。どうやらなわばり行動のようです。餌の表面を占領して、そこに飛来するメスと交尾しようということのようですが、本当になわばりの維持のために闘っているのか、闘いに勝つことで実際に交尾確率が上がるのか、といった行動生態学的な問題についてはこれからの研究によって実証していかねばなりません。

キイロショウジョウバエと比べても、あるいは近縁種と比べてもテナガショウジョウバエの闘争性はずいぶん高いのですが、実はテナガショウジョウバエの種内でも闘争性に遺伝的な変異があり、ほとんど争わない系統がいるかと思えば、何十分も闘い続ける系統もいます。これらの系統を比較することで、闘争性を制御する神経系や遺伝子が明らかになるのではないかと期待しています。

また、テナガショウジョウバエの体サイズは栄養状態に大きく影響を受けます。餌を制限するととても小さなオスができるのですが、これらのオスは自分が小さいことを認識しているのでしょうか?つまり、小さいオスも他のオスに出会うまでは闘争性が高いのか、それとも生まれつき闘いを避ける傾向があるのか・・・これはすなわち、体サイズを決定する栄養状態の分子センサー機構と闘争性を制御する神経伝達物質の間にクロストークが存在するか?という問題として設定しなおすことができますが、これについてもまだ何もわかっていません。キイロショウジョウバエでは体サイズを制御するメカニズムがずいぶん明らかになっていますので、体サイズを制御する遺伝子をテナガショウジョウバエで操作して、闘争性がどう変わるかを見ることにより、闘争性と体サイズの進化を統合的に論じることができるのではないかと期待しています。


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