オスはなぜエサ場をなわばりにするのか?

オスがエサ場をなわばりとして独占する行動はよく観察されますが、その意義はこれまで「メスと出会いやすくする」ためだと説明されることが一般的でした。一見ごく当たり前のように思えますが、本当でしょうか?

多くの昆虫において、空腹状態のメスは交尾をしなくなると言われています。その理由として、交尾行動と採餌行動がトレードオフの関係にあり、空腹状態では採餌行動を優先するために交尾受容性が下がるのだ、と考えられてきました。

この説に基づくと、オスがエサ場をなわばりとして争うのは不思議だ、ということになります。なぜなら、エサを食べに来るメスは空腹状態にあるはずであり、交尾を受け入れにくいと考えられるからです。

例外的に、空腹状態の方が交尾受容性が上がる種も知られていますが、そのような種では交尾時にオスからメスへ物質的な利益供与が行われます。いわゆる「婚姻贈呈」と呼ばれる行動ですが、この場合メスは交尾したほうが繁殖に必要な資源を得ることができるので、空腹状態であるほど交尾を受け入れやすくなるというわけです。

テナガショウジョウバエでは婚姻贈呈のような行動はこれまで見つかっていません。にもかかわらず、交尾実験の前に一日ほど絶食処理(水だけを与える)を行ったほうが交尾率が上がることが経験的に分かっていました。これは実験の効率を上げるのに便利なので、これまでほとんどの研究でこの方法を採用してきたのですが、論文を投稿するたびに査読者から「何でこんなことをするんだ、おかしいじゃないか?」と言われて閉口していました(なぜだかわからないけどそうなんだよ、と苦しい説明をして納得してもらうしかなかった)。

そこで一念発起、この現象を詳しく調べてみると、

  • オスは多くの昆虫と同様に絶食したほうが交尾率が下がりましたが、

  • メスはやはり絶食したほうが交尾率が上がることが確認できました。

しかし、そんな空腹メスも

  • 偽物のエサを与えられるとむしろ満腹メスよりも交尾率が下がる

ことがわかったのです。つまり、広く信じられているように空腹メスは確かに交尾受容性が下がるのですが、エサが与えられると一転して満腹メスよりも交尾受容性が高くなるのです(Ando et al. 2020, Animal Behaviour)。

このような現象は全く知られていませんでしたが、私たちは交尾実験の装置にエサ場も設置していたため偶然にも発見することができました。一般的にはエサなど与えずに交尾実験をすることが普通なので、これまで見過ごされてきたのかもしれません。したがって、多くの(婚姻贈呈をしない)昆虫でも、エサさえあれば空腹なメスの方が交尾を受け入れやすくなる可能性があります。このような性質は広く昆虫のメスに共有されていて、オスがなわばりとしてエサ場を独占する行動や、婚姻贈呈のような行動が進化するうえでの前適応として働いたかもしれません。