私とロテノンと山崎研究室 深見順一(昭和27年卒)

昭和27年、山崎先生の研究室で私は牛の肝臓ホモジェネートを使ってp-phenylenediamineを酸化する酵素群、特にチトクローム酸化酵素系に対する各種殺虫剤のin vitroでの影響を調べたがみるべき結果は得られなかった。続いて旧制大学院において、ゴキブリ筋肉のホモジェネートを使ってコハク酸酸化酵素に及ぼす各種殺虫剤の影響を見ていたとき、偶然、無機質のホモジェネートの呼吸を認めた。そこでこの呼吸に対する各種殺虫剤の影響を見たところ、ロテノンだけがこれを抑制することが分かった。次に呼吸酵素が存在するミトコンドリアを分離し、各種呼吸酵素の基質を使ってミトコンドリアの呼吸を観察したところ、ロテノンは生理的濃度以下でグルタミン酸を基質とする呼吸酵素系を90%以上抑制した。さらに、ロテノンおよび一連のロテノン誘導体(毒性の高いものから低いものまで)によるグルタミン酸酸化酵素系の阻害率はこれらのin vitroの毒性ときれいな相関を示した。以上の結果からロテノンの一次作用がグルタミン酸酸化酵素の抑制であることを世界で初めて発表した。また、昭和32年、この業績は山崎研究室における初の学位論文となった。

その後私は農技研において、初めて入った冷凍遠心機を使用して前回よりもさらに精製したミトコンドリアを使ってゴキブリの呼吸酵素系の全貌を明らかにし、ロテノンの作用点がグルタミン酸や各種呼吸酵素系につながる電子伝達系のNADHとチトクロームbの間であることを確証した。この発表の世界で初めてとなり、また、これにより昭和35年度の日本応用動物昆虫学会賞を受賞した。当時、世界的に見て毒物の作用機構としては、有機リン剤がChE(コリンエステラーゼ)阻害(哺乳動物)、アンチマイシンがコハク酸酸化酵素からチトクロームbへの経路の阻害、KCNがチトクロームc酸化酵素の抑制であることが明らかになっていたにすぎず、ロテノンの作用機構解明は殺虫剤として初めての例でもあった。なお、スウェーデン、ウプサラ大学のLindaldobergも牛の肝臓を使ってロテノンの作用点がNADHとチトクロームbの間であるという結果を得て昭和45年にNatureに発表したが、彼らの本論文が掲載されたCell Researchには私がすでに同じ結果を発表していたことが明記されている。

私は昭和38年から2年間、カリフォルニア大バークレー校のCasida教授の下でロテノンの代謝研究を行った。留学後、同教授から大量の14C-ロテノンを供与されてロテノンの哺乳動物と昆虫における選択毒性研究に従事したが、ロテノンは哺乳動物では良く解毒代謝されるのに昆虫では解毒代謝活性が極めて弱いことがミクロゾームを使った実験から確認できた。さらにこの原因として、昆虫(ゴキブリ)にはタンパク性(分子量600-700)の「ナチュラルインヒビター」が存在すること、別に哺乳類には電子伝達系にバイパスが存在することを指摘した。

ロテノンの作用点および代謝に関する研究を主要な業績とする「殺虫剤の選択制に関する比較生理・生化学的研究」により私は昭和54年度日本農学科賞を受賞した。また、長くロテノンの作用機構を利用した新しい殺虫剤は開発されなかったが、最近になり、私の研究が基礎となってロテノンと同じ作用点を持つ殺虫剤が登場した。