感覚便乗と求愛行動の進化

クジャクは羽を広げ、カエルは鳴く・・・いずれもメスに対する求愛行動ですが、どうしてメスはこれらのアピールに注目するのでしょう?現在広く受け入れられている理論では、曰く「良いアピールをするオスの息子も良いアピールができ、メスにモテると期待できるから」、とか、「良いアピールのできるオスは他の面でも優れている(心身ともに充実していなければ良いアピールはできない)はずだから」などと説明されています。つまり、アピール(シグナル)をメスがオスの吟味に利用している、というわけですね。

ところが、この理論では「現在の状況」は説明できるのですが、そもそもどうしてオスたちは羽を広げたり鳴いたりしはじめたのか、どうしてメスたちはきれいな羽や大きな鳴き声に注目しだしたのか、という「はじまりかた」については上手に説明することができません。

そこで最近はやって?いるのが「感覚便乗説」です。たとえば、アワノメイガのオスは交尾直前に超音波を出し、これを聞いたメスは動きを止め、交尾を受け入れることが知られています。あたかもこの超音波はショウジョウバエの「求愛歌」のようですが、実はこれはコウモリの探索音をまねたものであるということが明らかにされました。天敵であるコウモリの探索音を聞くと、メスは見つからないようにじっとします。このメスの感覚応答機構に「便乗」して、オスはメスの動きを止めて交尾に及んでいるというのです。もともとメスがもっている「性質」を利用して、あらたな求愛行動を編み出した、というわけですね。

テナガショウジョウバエのオスは「leg vibration」という求愛行動を行います。メスの正面に回って、長い前脚でメスの腹部を激しくたたきます。そうすると叩かれたメスはおとなしくなり、直後に交尾を受け入れてしまう確率が高いことが分かりました。ところが、leg vibrationをしなくても交尾できることがあります。よく観察してみると、テナガショウジョウバエのオスはleg vibrationの他にも「rubbing」という求愛行動も行っていることが分かりました。rubbingはメスの後ろから、やはり前脚でメスの腹部を「こする」行動です。調べたところ、交尾の前には必ずrubbingが行われていることが分かりました。一方でleg vibrationは行われたり行われなかったりします。rubbingだけで交尾できるメスと、leg vibrationをやってからrubbingしないと交尾させてくれないメスがいるようなのです。言い換えると、leg vibrationは交尾する気のないメスとも交尾できるようになる「必殺技」だったのです。

しかし、どうしてこんな変わった求愛行動が始まったのでしょうか?そこで注目したのがrubbingです。メスの後ろから腹部を前脚でこする求愛行動は、実は他のいくつかのショウジョウバエでも報告されているのです。もしかしたら、腹部刺激により交尾を受け入れる、という感覚バイアスがショウジョウバエのメスに広く存在しているのかもしれません。テナガショウジョウバエのオスはそれに便乗して、さらに激しく腹部を刺激するleg vibrationをやり始めた・・・のではないでしょうか。これを証明するために、メスの腹部を刺激するための装置を各種考案したのですが、今に至るまでうまくいっていません・・・どうやら腹部刺激だけではだめみたいです。虫の求愛の段取りも、なかなか込み入ったものですね。