新規求愛行動獲得による配偶システムの進化

単婚性と多婚性

多くの動物のメスは一生の間に複数のオスと複数回の交尾をすることが普通です(多婚性)。しかし中には生涯に1度しか交尾しないような動物もいます(単婚性)。このような異なる配偶システムはどのようにして進化するのでしょうか?単純に考えて、単婚性の方が特別な仕組みを要するように思われます。節足動物では、チョウ類に見られる交尾栓 (mating plug) やクモ類における交尾器破壊 (genital mutilation)など、オス側の操作により単婚性となることが知られていますが、これらの他に配偶システムが進化するメカニズムはこれまで明らかになっていません。

メスが立て続けに複数のオスと交尾すると、父親の異なる精子の間で受精をめぐって競争が起こります。あとから交尾したほう(後手オス)が精子置換などの手管により有利になることが多く見られます。

単婚性とまではいきませんが、メスが交尾後一定の期間にわたって再交尾を受け入れなくなる現象(再交尾抑制:remating suppression)は多くの動物で観察されています。よく調べられているキイロショウジョウバエの場合、メスは交尾後1~3日の間は再交尾率が下がってしまいますが、これはオスの精液に含まれるペプチド(通称 Sex Peptide: SP)によって引き起こされることが明らかになっています。

SPによる再交尾抑制は先手オスにとって都合が良いですが、メスは先手オスの意のままに操作されているわけではありません。先手オスの精子を使い切るには、観察される再交尾抑制の持続期間は短すぎるのです。SPが機能するためにはメス側の受容体とその下流の情報伝達経路が必要なことから、メスはいつでもSPの効き具合を調節するように進化できるはずです。過剰な交尾はメスにとってコストがかかるため、SPによる再交尾抑制を都合よく利用しているのかもしれません。

求愛行動の進化が配偶システムを変える

テナガショウジョウバエのメスは多婚性で、最初の交尾の翌日には別のオスとの再交尾を受け入れます。ところが、leg vibration(LV)を封じたオスとは再交尾を受け入れません(初回交尾であれば受け入れる)。これは、再交尾抑制(remating suppression, RS)はテナガショウジョウバエにも存在しているけれども、LVによって打ち破られるので通常は観察されなくなっている=隠蔽されている(cryptic RS)ことを示しています。このcryptic RSがどれくらい持続するのかを調べたところ、驚いたことに初回交尾のあと2週間たってもメスの再交尾率は回復しませんでした。これはショウジョウバエで調べられた中で最も長い再交尾抑制期間であるだけでなく、2週間の間に再交尾率はますます低下していったことから、おそらくこのあともメスが死ぬまで再交尾抑制は続いたままだと考えられます。つまり、

  • テナガショウジョウバエのメスは本来は一生に一回しか交尾しない単婚性であること

  • しかしオスが獲得したLVによって多婚性に転換したこと

が示唆されます。これは、求愛行動の進化により配偶システムが変化しうることを示した初めての事例です。